2017年4月21日 (金)

45年ぶりの御所

これも昨日のこと。次の移動先に向かって愛車(チャリ)で御所公園を横断。のんびりと遅咲きの八重桜や楓の新緑を愛でながら走ってたら、なにやら人だかりが…近寄ってみたら御所の「春の一般公開」だったので、ちょっと寄ってみた。
考えてみたら、御所を拝観するのは高校2年生の修学旅行以来かもしれない。
建物を見る目ができたこの歳になってみると、御所の建物は大きいばかりでさほど壮麗には見えないが(さすが「公共建築」…笑)、庭はつくりもいいし、手入れも行き届いていてなかなかのものやったかな。…というわけで、にわか観光客になった一日でした(と言っても見学は小1時間くらいで、次の仕事に向かったけど)。
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うつくしく歳をかさねた建物

まちなかに住んでいるとチャリがいちばん便利がいい。でも、雨が降りそうなときとか寒い日はバスのほうがいい。
というわけで昨日のこと…春の陽気に誘われて、冬の間は放置していたチャリで仕事場に向かった。
その道すがら、久しぶりに昔々23年前に設計した建物の前を通ったら…銅板屋根が緑青色になっていることに気が付いた!
P42037522 設計時、時間をかけて美しい緑青屋根になるように、人工緑青銅板でなく硫化銅板で屋根を葺いた。竣工時、暗褐色だった屋根がようやく緑いろになってきたのを発見して、なんか無性にうれしかった。オーナーがきちんとメンテナンスをしてはるおかげで外装もきれいに保たれているし…建築は歳をかさねていくものだとあらためて実感した。
23年を経てやっと屋根の緑青が定着しはじめた。これからは少しずつ、鮮やかさを増していくはず…やっと23年、まだ23年。
く~…23年ぶりに、建築に携わっていたころの面白さを(しんどさも…笑)思い出してしまった。

2017年4月 3日 (月)

避難通路ができた!

久しぶりにゆとりの時間ができたので、たま~の書き込みです(笑)。

さて、これまでも書いているとおり、小生が住まいする場所は、京都都心部、ギリギリ田の字地区内の路地の奥。交通至便な割に、路地奥なので、隣近所には高い建物もないし、けっこう静かだし、町内会コミュニティもしっかりしているなかで機嫌よく暮らしています。

ただ…唯一の、というか一番の不安は防災。とりわけ火事。
Dscn4150 写真を載せると、住んでいる場所がわかる人にはわかると思うけど(べつに積極的に隠しているわけでもないし)…周辺をほぼ高層マンションに囲まれた一角、某通り筋から路地を入った北側に、木造2階建て(原型は長屋群)がベタ~と拡がる小天地(別名「井戸の底」?!…笑)なので、路地から通りに出る間で火災が発生すると逃げ場を失ってしまいかねないなぁ、というのが引っ越しを決める際の心配事でした。

Photo 京都の路地をよく知る人にはわかると思いますが、昔は行き止まり路地にのドン突きには隣地に逃げられる緊急避難用の木戸が設けられていることがけっこうありました。御他聞にもれず、小生の住む町内の路地の奥にも隣地への避難扉がついていたので、(実際に使えるのか、どこに逃げられるのか、まではわからないにしろ)、最悪の事態は避けられると判断して引越しをきめたことを覚えています。

ところが…越して2年目の2015年春。行き止まり路地の向こう側の土地が転売され、そこに大きなマンションが建つことになりました。
このままでは避難扉が無くなってしまう!という危機感のもと、町自治会で話し合い、手遅れにならないうちにとりあえず、土地を購入した某社に「開発時にも、既存の避難経路を再度確保してもらう」ことと「土地を転売する際には転売相手にも、この申し入れ事項を継承する」ことを申し入れました。
いまから思えば、この時の早めの行動が奏功したのでしょうが、マンション建設のためこの土地を入手した事業者さんとも、かなり早い段階で話し合いの場をもつことができました。
151028 さらにさいわいなことに、ここ数年、京都市は路地の防災性能の向上のため路地奥の避難通路確保を目指す政策をすすめていましたから、今回の事案についても、市の密集市街地・細街路対策課のアドバイスを貰えましたし、さらには、マンション建設のためにこの土地を入手した事業者が大手であり、京都市の政策に理解があったこともあって、話し合いの結果、路地奥の境界塀に緊急避難扉を設けることで合意し協定書を締結できたのが15年の10月。

そして今年、2017年3月。ようやくマンションが完成し、避難扉も設置されました。わが小天地(井戸の底?…笑)を見下ろす大きな壁がまた一つ増え、路地から見える空がまた小さくなってしまった、ということに一抹の侘しさを覚えつつも…災害時の避難路が確保できたのはうれしい限りです。
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路地の安全に配慮してくれた事業主さん、アドバイスしてくれた京都市さんに感謝です。あわせて、町自治会としてきとんと動いてくれた役員さんたちも、ご苦労様でした。ありがとうございます。

2017年1月 7日 (土)

旅のおわり~朝日町~東京~京都

1月5日。
昨夜来の雪でホテル周辺はけっこうな雪。。ようやく冬の山形の雰囲気を味わえた(笑)。
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今日も快晴。雪景色に朝日があたりまぶしいなかを車で山形市内に向かう。
峠を越えるとなだらかな坂の下に山形盆地が見えてくる。蔵王連山が雲に隠れて見えなかったのは残念だが、雲間から光が盆地を照らしていてバロック絵画のような景色。
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10時2分発のつばさに乗って東京へ。
久しぶりに朝倉彫塑館に行ってみたくて日暮里に行ったがあいにく休館。谷根千で有名になった谷中銀座に行ってみたが…もひとつで不完全燃焼。せめてなにかを見て帰ろうと、昨年11月にオープンした両国の「すみだ北斎美術館」(妹島和世氏設計)で「北斎の帰還」展をみてきた。
建物も面白かったし、最近発見されたという北斎肉筆の「隅田川両岸景色図巻」もゆっくり見れたから、まぁよしとしよう。
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ということで、長かった山形ツアーもおしまし…さすがに疲れたぁ(笑)

山形県朝日町紀行~その3(松本亭一農舎)

3日目、1月4日。
今日は山の上は吹雪。ちょっとだけ東北の冬らしくなってきた(笑)。
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今日は、娘の旦那さんの仲間が町と組んで1月末にオープンするゲストハウス「松本亭一農舎」の内覧会ということで見学に行ってきたので、宣伝を兼ねてその紹介から。

この施設は、町が寄贈をうけた古民家をゲストハウスに改装したもので、地域振興サポート会社まよいが企画(代表:佐藤恒平氏=地域に定住して地域おこしでがんばる若者)が町から業務委託を受けて営業する(たまたま4日の山形新聞朝刊に載っていたのでその記事を転載しときます)。
「松本亭一農舎」の名前の由来は、明治期に農業を教える塾「一農舎」として建てられたという由来と、その古い建物を買い取り修復し蔵を曳家してきた元の所有者松本さんの名前にちなんだということ。
2室の個室と2室のドミートリ―(相部屋)があるが、それぞれの部屋の名前が「文豪」「書院」「花子」「太郎」というのも面白い…ワードプロセッサー世代にしかわからないだろうが(笑)。まんなかの広間がコミュニティスペースになっていて、地域の人も含めての交流の場になるという。
古民家を改造したという点も魅力的だけど、この施設の最大の魅力はその立地。広い裏庭がそのまま最上川に面していて、眼下に大きく蛇行する最上川を見下ろせる。ここで朝飯を食べたら絶対気持ちいいはず!
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Img026_2 Img027_2 Img028 Img029_4 その後、明治期に建てられた旧西五百川小学校三中分校を外から見学。地域の教育関係者や地場の大工さんがモダンなものを創ろうと頑張った姿が目に浮かぶような面白い建物なので、整備されないまま放置されているのがいかにももったいない。町の誇りになるいい観光資源になるだろうに…。
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山形県朝日町紀行~その2

2日目、1月3日。
宿泊は朝日町の施設「ASAHI自然観」。スキー場に併設された施設に、スキーもしないオッチャン、オバちゃんが3連泊もしたからけっこう怪しかったかもしれない(笑)。
さすがにスキー場がある場所だけあって朝日町中心部よりも雪深い。3日の朝起きたら一面の銀世界で、九州系関西人の小生も生粋関西人のカミさんもそんな景色が嬉しくてさっそく雪中散歩。娘が用意してくれていた長靴が役に立ちました。
昼前に娘夫婦、孫の迎えで町の名所「リンゴ温泉」へ。リンゴが浮かぶ天然温泉で温まってから、地域おこし物産リンゴ麺とダチョウのソーセージで昼食。
それから寒河江に向かい、寒河江の紡績会社佐藤繊維がつくったブランド「GEA」のショップへ。オシャレ衣料がセールで60%~50%だったので思わず買い物をしてしまったけど(笑)、ほんまのお目当ては雑貨ショップ。一角に娘の旦那さんの作品が展示販売さ入れている(作者名は牧野広大…このブログを宣伝に使うのは本意ではないので小さな声で書いておきます)。
そのついでに、昔々建築の本で見たことがある黒川起章設計の寒河江市庁舎も見てきた。吊構造と言うことだけ知ってたけど、外観からは意外と「吊り」のダイナミズムは感じなかったなぁ。
夜は娘夫婦の招待で、地元シェフが頑張るイタリアンの店「シャッタカ(SIATTACA)へ。地域の名前白鷹から名づけたという店名にも地元愛を感じるが、なによりも地元産野菜を使った料理が美味い!。地方に住む豊かさを実感しました。
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山形県朝日町紀行~その1

4年前に仕事で山形に行った娘が昨年結婚し孫も生まれた。
京都で里帰り出産だったのでその頃は家の中が賑やかだったのだけど、11月かかりに娘と孫が山形に戻ると急に我家が静かになり(ついでに、食費も水道代も電気代も減った…笑)、とりわけカミさんは「むぅちゃん(孫の名前。女の子です)ロス」状態に。

というわけで…
年始の休みを利用して2日から5日まで、娘夫婦の住む山形県朝日町に行ってきました。朝日町は山形市から車で1時間ほど、寒河江市にほど近い中山間地で、最上川の谷沿いに位置します。娘の旦那さんによれば、かなり早くから過疎への対応をしてきた町らしく、リンゴやラ・フランス栽培を中心になんとか生業がなりたっているみたいで後継の若い世代もまだ地域に残っているし、加えて(最近流行だけど)若いアーティストやまちづくり人(主に東北芸大出身者)が住むようになっているし、それに、かっては最上川の舟運で栄えたらしく、明治・大正・昭和の洋風・擬洋風建物も残っているしで、けっこう明るい雰囲気の町です。
娘の旦那さんも、大学を出てこの町に移住した金属工芸に取組む若いアーティスト。ただでさえ過疎が進む朝日町の中でもけっこうディープな場所に住まいを借りて頑張ってます(周辺は空家が目立つ)。ただ、人が少ないおかげで、廃校になった地域の小学校をアトリエとして貸してもらえているので、制作環境としては恵まれています。
今回朝日町を訪れて、そんな状況を実感できたのはおおきな収穫でした…まちづくりに関わる専門家として面白かったし、「娘夫婦と孫がどんなとこで暮らしているのだろう」と心配していた親としてもちょっぴり安心した次第。

初日は東京から山形新幹線つばさで山形へ。娘夫婦に車で迎えに来てもらって朝日町に向かいました。寒いだろうと防寒装備をしていったのに(一昨年3月にフィンランドに行ったときと同程度の装備…笑)、いつになく雪が少ないということで、道中はまるで春の雪解けシーズンみたいな明るい景色でした。
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年末年始の過ごし方~その2(元旦)

年明けもやっぱり夫婦二人…これからもずっと二人なんやろな。というよりも…なるべく長く二人で迎えられることを祈念しとこう。

とはいえ、二人の食卓はちょびっとばかり寂しい(笑)。
雑煮は、結婚以来ずっと、小生のわがままを聞いてもらって博多雑煮。いつも「かつお菜」を手に入れるのに苦労していたけど、今回はじめて、大丸の野菜売り場で発見!。焼アゴの出汁といいかつお菜といい、博多食材が全国区になりつつあるのかな?!。

遅い朝餉のあと、年賀状の整理をして、出しそびれた方への年賀状投函のついでに初詣。
まずは我が家の隣の産土の神さんご挨拶。地域の氏神さんの八坂さんには大晦日にご挨拶を済ませているので、今回目指すのは八坂さんと京都を二分する(?)市比売神社。女人守護の神さんなので、昨年生まれた初孫と娘とカミさんの健康祈願に行くことにした。
途中、六角堂から因幡薬師をへて市比売神社へ。
2日からは山形に遊びに行くので、市比売神社では、孫へのお土産に女人守護のお守りと姫ダルマをいただいた。
夫婦とも信心深いわけでもないのだが(小生は唯物論者…笑)、信心する人たちの想いが創りあげた場のたたずまいや習俗には惹かれるものがある。
帰り路、元旦からあいていた高瀬川沿いのカフェで一休みしてから四条経由で帰宅。四条通から西を眺めると、快晴に恵まれた穏やかなお正月の夕空が美しかった。
今日もすべて徒歩(笑)。八坂さんや北野さん、伏見稲荷など有名どころを避けたからのんびりとした初詣を愉しめた。街なかにいると混雑した電車に乗らなくて済むのがいい。
…ただ…こんな天気のいい日にビルの谷間の空を眺めていると「もっと広い空を見たい」という気持ちが募るけど…これは、ないものねだりというのもやね(笑)。
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新年のご挨拶

1月1日未明にFBにアップした挨拶をこっちにも載せておこう
Fb

年末年始の過ごし方~その1(大晦日)

2016年12月31日…今年は夫婦二人だけの年の暮れ。
年末の掃除も年始の用意も手軽にすませ、年越しそばを食べにカミさんと一緒に近くの有名な蕎麦屋に向かう。
昼間買い物ついでに見たとき観光客が行列していたので早めに行ったのに…8時半にはもう品切れ!(観光客多すぎ!)。気を取り直し、別の店でにしん蕎麦を食べてから、これも早めに八坂神社のおけら参りに。
おけらが湿っていたのか火持ちが悪かったけど、まぁこれも年の瀬の風物詩かも(おけらの火の番をしている神職のひとによると「今年は火持ちが悪くて消えるおけらが多い」とのこと)。
そのあと、円山公園の長楽館でお茶してから知恩院院前を過ぎ、白川から三条通りに出て帰還。…この間ほとんど徒歩!(還りだけタクシー使ったけど)。人ごみにまかれないのも街なか暮らしのありがたさやね。
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